不正解

 ピンポンピンポーン! 解答用紙に答えを記入すると脳内で音が鳴った。よし、この問題も正解だ、と次の問題に進む。

脳内に響くこの音が、僕の人生を正しい方向へと導く。正しい答えを書けば、脳内で正解の音が鳴るし、間違った答えを書けば、ブッブー! と不正解の音が鳴る。だから僕はテストの選択問題で間違えたことがない。当たるまで答えを書き続ければ、いつか必ず正解の音が鳴る。

この音は勉強以外のときでも鳴り続ける。友達との会話での相槌の仕方、何かものを買うとき、バイト先を選ぶとき。

様々な場面で脳内に二種類の音が鳴る。物事には正解と不正解があるのだと、この音が教えてくれる。

朝、電車で座っていると、目の前におばあちゃんがやってきた。僕はすかさず立ち上がり、おばあちゃんに席を譲る。

ピンポンピンポンピンポーン! 高らかに脳内で再生される心地いいこの音が、僕を高揚させる。この音を聞くために、僕はいつも席を譲るのだ。ルンルン気分で電車を降り、学校に向かう。

学校に着き、靴箱を開けると一通の手紙が中に入っていた。手に取って読んでみるとそれはラブレターだった。放課後、屋上に来てください、と丸っこくて可愛い文字で書かれていた。

ラブレターをもらうなんて、生まれて初めての出来事だ。誰かに見られてはいけないと急いでポケットにラブレターをしまい、教室に向かう。

授業中も胸が締め付けられて集中できなかった。ああ、僕は今日告白されるのだ、と顔がにやつくのを必死に押し殺す。相手は誰だろうと同じクラスの女の子を一人一人眺め、またさらに興奮した。

いつもより何倍も長く感じた授業がやっと終わり、放課後になった。急いで教室を後にし、屋上に向かおうとする。

ブッブー! 脳内で音が鳴った。不正解の音だ。

え? と立ち止まり、こめかみに手を添える。不正解の音が鳴ったということは、今から屋上に向かう行為が間違っていることを意味する。試しにもう一歩足を前にやると、さっきよりも大きな音で、ブッブー! と不快な音が鳴った。

なぜだ、なぜ不正解なのだ。告白されるだけだったら、何も悪いことないじゃないか。もう一歩前に進んでも、また同じ音が再生される。

もしかしたらものすごく不細工な女の子からの告白かもしれない、僕はそう考えた。不細工な女子からの告白だから、きっと不正解の音が鳴ったのだ。そうに違いない。

だがしかし、例えそうだとしても告白されたい。今まで一度も女子から告白されたことのない僕が、一生で一度の告白されるチャンスかもしれないのだ。例え不正解だとしても、それは何物にも代えがたい素晴らしい経験ではないか。

僕は足を前に進める。屋上に向かう階段を一段一段上るたびに、ブッブー、ブッブー、と音が大きく鳴り響くが、気にしないことにする。

屋上の扉を開くと、一人の女の子がそこ立っていた。隣のクラスのマドンナ、小野寺さんだ。整った顔立ちに艶やか長い髪が屋上の強い風に揺れている。

脳内で流れる不正解の音が大音量で鳴り続ける。

ブッブー! ブッブー! ブッブー! 何か危険を知らせているような、焦っているかのような音に一瞬不安を覚えたが、ニコリと笑った彼女の顔を見た瞬間、心臓が奏でるバクバクとした音が全身を支配した。不正解の音が遠ざかり、もう自分の心臓の音しか聞こえない。

僕はゆっくりと彼女に近づく。今日は人生で一番幸せな日だ、と感慨にふけりながら、彼女の前に立った。

遠くのほうで最後に一度、ブッブー! と鳴ったような気がしたが、僕はもう目の前の彼女のぷっくりとした唇に夢中で、何も考えることはできなかった。

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